株式会社ヘチマコロン
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ヘチマコロン物語

ヘチマコロンタクシー、銀座を走る。

ヘチマコロン物語11月号イメージ  今で言う話題づくり、広告宣伝の一環として、ヘチマコロンタクシーは、誕生しました。時は昭和初期。不況のどん底で、ガラの悪いタクシーが横行していた時代。警視庁が取締りに苦慮していたところに、ご期待に沿う営業をしますからと交通課長に願い出たら、あっさりと許可がでました。そこでヤナセ自動車の協力を得て、シボレー20台を高級車に改装し、ヘチマコロンタクシーは東京・丸の内に発足したのです。
 品のよい好男子のみを破格の給与で採用。一流ホテルのボーイのように服装を統一し、規定の料金以外はけっして受け取らない。車の掃除はマメにして、花を添え、香水をふりかけて快適車内を演出する。一方、新聞紙上のヘチマコロンの広告の中に「淑女の専用車」という宣伝文句を掲げて、なるべく婦人客のみを乗せるようにし、お忘れ物はわかりしだいお届けします等と宣伝したのです。これはたちまち大評判となり、銀座で盛装した奥さんが子供を自宅に送ってくれとか、大きな屋敷の前では、病院に見舞いの品を届けてくれとか、タクシーらしからぬ信用を得ました。短時間でこんなに評判をとった宣伝は前例がなく、以後女性の心理をつかむ宣伝方法に、大いに役立ったのです。
 クルマを10倍にとはりきっていた矢先に、先の交通課長から呼び出しがきました。業界から横槍が入り、あれは化粧品の広告目的で不当営業だ、認可を取り消せと大騒ぎ。一方同様の許可をくれと他の商店の申請が殺到。この騒ぎを収めるために、即座に廃止を決定。タクシーは3ヵ月の営業で終わったのです。シボレーは購入時の2割高で売れ、大した赤字にはなりませんでした。いや、宣伝効果を考えると大いなる黒字、と言えるでしょう。

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