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ヘチマコロン物語

詩人、夢二。

ヘチマコロン物語第12話イメージ 竹久夢二は大正ロマンを代表する画家として有名ですが、多くの詩や歌謡を手がけた詩人でもありました。「待てど暮せど 来ぬひとを 宵待草の やるせなさ こよひは月も 出ぬさうな」――詩「宵待草」は、中でも代表作。宮内省雅楽部のバイオリニスト多忠亮が曲をつけセノオ楽譜として出版されて大ヒット。今日でも多くの人々に愛唱されています。実は宵待草という植物はなく、正しくは月見草の仲間のマツヨイグサ(待宵草)。避暑地で出会った女性への想い、恋の切なさと儚さを、一夜花に見立てて謳ったのです。
 「うつら春の日 夢心地 ヘチマコロンの にほやかさ 肌はほのぼの 小麦いろ とてもイットが なやましい コロンコロン ヘチマコロン」――これは「ヘチマコロンの唄」の一節(詳しくはアド・ヒストリーをご覧ください)。春の章は何ともセクシーです。「イット」とは、クララ・ボウ主演でヒットしたお色気映画のタイトル。当時の世相には露骨すぎる「性的魅力」という言葉が、イットに置き換えられて流行したのです。「ヘチマコロンの唄」は恋する女性の揺れる心、もどかしさが、香ってくるようです。
 夢二自身は、自分の詩を小唄と称したそうです。時には七五調の平明で何より口ずさみやすい詩形が夢二の詩の特徴です。「いさよいの晩、私は泣きながら生まれた。その時、みんな笑った。死ぬときには、私笑ってゐたいとおもふ。そして、みんなを泣かせてやりたい」(「夢二画集 春の巻」より)夢二が書こうとした「詩」の世界は、普通の庶民の喜びや悲しみ、寂しさ、やるせなさ、はかなさ・・。「夢二画集 春の巻」の序文で彼は次のように書いています。「私は詩人になりたいと思った。けれど、私の詩稿はパンの代わりにはなりませぬでした」。だから夢二は、絵という形式で「詩」を書こうとしたのです。

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