13話
夢二の恋
新聞や雑誌の挿絵やコマ絵から出発した、画家・竹久夢二が、美人画を描くようになるには大きな契機がありました。絵葉書屋「つるや」を早稲田に開店した若き未亡人、岸たまきとの出会いです。夢二はたまきをモデルに独特の美人画スタイルを生み出します。悲しげな憂いを含んだ顔、つぶらな瞳、長いまつげ、夢見がちで、品を作っている姿態がいかにも頼りなく美しい…。このいわゆる「夢二式美人」はやがて一世を風靡していくのです。しかしそれはむろん夢二の内的なイメージ、時代が求めていた女性像。それゆえ市民の大きな共感を得たのです。実際のたまきは2歳年上、むしろ強い性格だったようです。
たまきとは2年で別れますが、一方夢二は彼の版画や千代紙を売る店「港屋」で、彼のファンだという美人女学生、笠井彦乃に出会い、とりこになります。大正4年(1915年)に結ばれ、1年余の幸福な時を京都で過ごします。燃えるような恋によって彼の芸術は一層高揚します。しかし夢二37歳の時、彦乃は薄幸にも25歳で胸の病で没してしまうのです。繰り返される愛と苦悩の中で、夢二の絵は描き継がれていきます。彦乃と別れて傷ついた夢二の前に、モデルお葉が現れます。大正8年、夢二の同棲者となりますが、当時16歳。二十歳も年下のお葉は、夢二にとって生きた人形のような存在だったようです。
夢二が愛した3人の女性。妻たまきとは離婚し、彦乃は夭折し、お葉も離れていくのですが、それゆえ「夢二式美人」のモデルになり得たのでしょう。夢二は美人を描いていたのではなく、美人の姿を通して人生への寂しい想いを語っているようです。ヘチマコロンの広告「ヘチマコロンをつけた夜は 人に待たれて ゐるような…」裸身で、一人髪を上げる仕種の、なんと切ないことか…。