25話
アズキの歴史は、洗顔粉の歴史でもあった。
アズキが中国から日本に伝来したのは3世紀頃と言われます。「古事記」や「日本書記」の穀物起源神話の中に出てくるのが最初。食用や薬用として珍重されたのですが、伝来当初からアズキは、ありがたい神話がかったものでした。理由はその色にあります。アズキの赤色は太陽の色、火の色とされ、生命力を鼓舞し、悪霊を退治すると考えられました。
季節の始まりや新たな出発の際に、厄払いの意味から、アズキが食されるようになったのです。祭りや祝い事に、お赤飯を炊く習慣。一般的になったのは江戸時代ですが、はるか神代の時代から脈々と続く、赤い、ありがたい食習慣だったのです。
そして、洗顔料としてのアズキの歴史。これを解くキーワードは…そうです、「澡豆」(そうず)です。中国から仏教とともに伝来した「澡豆」とは、アズキの粉に、カラス瓜の根などの生薬を混ぜたものと言われます。その後アズキ粉や煮汁も「澡豆」と呼ばれました。聖徳太子が熱心に普及させた仏教。経文は、汚れを洗うことは仏に仕える者の大切な仕事と、沐浴の功徳を説き、入浴の必需品として「澡豆」の名が出てきます。また平安の都の湯浴みでは、ぬか袋やヘチマで身体を清め、洗髪には米のとぎ汁を、洗顔には「澡豆」を用いて、「いと美しく」なったとされています。江戸時代になると、「澡豆」洗顔はますます盛んになりました。紅絹の袋に入れて、顔や肌を磨いたのです。江戸庶民にシャボンとも呼ばれ、食器洗いにも重宝されました。やがて「澡豆」は「あづき洗粉」と名を変えて、今日に至るのです。
アズキ・サポニンで汚れすっきり、胚芽油分でお肌しっとり。平安時代の紫式部は「澡豆」で洗顔をし、平成時代のキレイ好きは「あづき洗粉」で洗顔する。素肌の美しさを保つために、洗顔が大事なのは、昔も今も同じこと。もし、キレイになるのがお嫌いでなかったら、昔の知恵に学んで、アズキ洗顔という美しきタイムスリップを、ぜひお楽しみください。